第1回

Special Interview  | 福田 康隆 

コンフォートゾーンを抜け出せ 

- 社長というキャリアを選択した裏側

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福田 康隆

YASUTAKA FUKUDA

ジャパン・クラウド・コンピューティング パートナー

ジャパン・クラウド・コンサルティング 代表取締役社長

福田康隆氏はジャパン・クラウド・コンピューティングのパートナーであり、ジャパン・クラウド・コンサルティングの代表取締役でもある。今回は、新卒でオラクルへ入社し、セールスフォース・ドットコムとキャリアを積み、マルケトの日本法人の社長となった福田氏の経験や社長になろうと考えたきっかけについて訊いた。

‟一人でできる仕事には限りがある” マネジメントの立場だからできること

 現在は、JAPAN CLOUDにて、これまでの経験で得た知見を、これから経営者を目指す人に教え伝えている福田氏。しかし、福田氏は始めから社長になりたいと思っていたわけではないと話す。


「新人の頃は、絶対にマネージャーになりたくないと思っていました。当時は他の人の仕事が残っていても、一人でさっさと帰るようなタイプでしたし、マネージャーになるとチームメンバーのサポートをしなければならないので面倒だと思っていたんです。20代の頃に、会社のキャリア希望の調査で"マネジメントに進むか、プロフェッショナル職に進むか"という選択があったときも、後者にチェックして提出していました。


最初にマネジメントの仕事にチャレンジしてみようと思ったきっかけは、当時の日本オラクル社長の佐野さんの言葉でした。『若いうちにマネジメントの仕事を経験しろ。どんなに優秀な人間だったとしても、所詮一人でできる仕事には限界がある。チームを作れば、とんでもなく大きな事ができる可能性がある』そういわれたんです。
セールスフォース・ドットコムの米国勤務時代に、日本に戻ってマネジメントとして新しい営業部門を立ち上げるよう命じられた時は「そもそも営業経験もない人間が、いきなり営業部門のマネジメントなんてできるわけがないだろう」と思いました。しかし、そこで佐野さんの言葉を思い出し、チャレンジしようと思いました。


その後10年間、営業部門のマネジメントの仕事をする中で、その面白さと大変さを両方学ぶ事ができました。それでも自分は社長のようなトップではなく、No.2で誰かを補佐する役割が向いていると信じていました。生来、人の前に積極的に出ていく事が好きではないのです。これは書籍『THE MODEL』の中でも書いたエピソードですが、CEOのマーク・ベニオフに次のキャリアのステップについて聞かれた時にも『自分は社長には向かない。そういうタイプではないと思う』と答えました。すると、彼から『誰がそんなタイプだと決めたんだ。自分で勝手に決めつけているだけじゃないのか。自分は表に立つのが苦手と言うが、親がそういうタイプだったからかもしれないし、子供の時の体験がそう思わせているだけかもしれない。あなたはこういうタイプだと他人に刷り込まれたからかもしれない。自分がどんなタイプかなんて決めつけるな』といわれたんです。この言葉はとても心に響き、その後のキャリアの方向性を変えるきっかけになりました。

自分のやりたいことを実現できるステージが社長職だった

 マーク・ベニオフから自分を決めつけるなという言葉をもらい、自分の可能性を限定することをやめた福田氏。他にも社長に興味を持つようになる心の変化がいくつかあったという。


「一つ目は、会社づくりに始めの段階から関わることで、自分の力がどこまで通用するのかを試してみたいと思うようになったことです。それまでの10年間、マネジメントを経験してきて確固たる自信が付いていました。10年間を振り返り、成功したことや失敗したことも含めて『今ならもっとうまくやれる』という自信がありましたが、過去をやり直すことはできません。自分の力を試すのであれば、過去ではなく未来にそのステージを作るしかないのです。


一方で、将来に向けて打てる選択肢は、徐々に狭まっていきます。たとえば直販戦略か、パートナー戦略なのか。大手企業をターゲットにするのか、SMB市場なのかなどです。会社の “初期の方向付け” は、ロケットの打ち上げ角度のように、最初はほんのわずかの誤差にしか見えなくても、先に行けばいくほど大きな差が開いてしまい、行く先によって大きなインパクトが出ます。そう考えたとき『立ち上げ当初であれば、どのような選択肢を採る事もできる。一から始めてどこまでやれるのかを試してみたい』という欲求に駆られたんです。


二つ目は “自分の手で一から企業文化を創ってみたい” と考えたことです。それまでも自分の担当部門では自ら最終面接に関わり、自分の価値観や判断基準でチームづくりを行っていました。しかし、会社全体に対してとなると、自分が影響を及ぼせる範囲には限りがあります。マネジメントの仕事を通じて、一緒に働く人の重要性を実感していく機会が増えていくほど『“本当にこの人たちと働きたい”と心から思えるメンバーを一から集めて、一緒に会社を作ってみたい』という気持ちが強まっていきました。


三つ目は、転職するか迷っていた時期に、ある方から投げかけられた言葉です。『福田さんは社長になりたいの? それとも、その会社を作り上げた人になりたいの?』そう質問されて、自分の本心に気づかされました。


その頃、私はちょうど40代に入り『もう一度自分の想像できない領域に到達してみたい』と思っていました。過去を振り返ると、オラクルに入社した時はそもそも何をしている会社か知らない状態で入社しましたし、最初の転職先のセールスフォース・ドットコムも勢いで入社したんです。両社ともこれから拡大するフェーズにあり、3年後にどうなっているかが全く予想できない環境でした。


40代に入って自分のキャリアを振り返えったとき『良ければこのくらい、悪くてもこのくらいの位置にはいるだろう』ということが想像できました。そして、今いる先を考えると『このままでいれば、ひょっとしたら将来この会社(セールスフォース・ドットコム)の社長になるかもしれないし、グローバルで働く機会があるかもしれない。悪くても今のポジションに近いところにはいるだろう』ということが容易に想像できたのです。しかし、それはとても狭い振れ幅の中にいるということに気づきました。


一方、一から会社を作っていくという先が読めない環境を選べば、大失敗する可能性があると同時に、下がる振れ幅が大きい分、上がる振れ幅も大きなものになります。だから『想像もできないチャンスを得られる可能性もあるだろう』と感じたのです。それならば自分は “気力・体力・能力” の三つが最も充実しているであろう40代に勝負をかけたいと思いました。


とはいえ、最後の最後まで『本当に自分にできるのか』と悩んでいました。そんな自分の背中を押した、リチャード・ブランソンの言葉があります。


If somebody offers you an amazing opportunity but you are not sure you can do it, say yes -then learn how to do it later!


迷っている時期に偶然目にしたこの言葉が、まるで自分に向けられているように感じられて『やってみよう』と思ったことを覚えています。
この言葉を、今『新しい仕事に挑戦しよう。でも不安もある』と迷っている人へ送りたいと思います」

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